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かながわともしびセンター

ともしび運動

更新日:平成2321

ともしび運動とは

ともしび運動の歴史

ともしび運動は、1976年(昭和51年)、当時の神奈川県知事である故長洲一二氏の県民へのアピールがきっかけで始まりました。当初は、県の各部署が連携して縦割り行政の弊害を排除し、福祉・教育・防災・安全などの事業を統合的に進めようとする行政施策としての位置づけでしたが、翌年の1977年に「ともしび基金」が設立されボランティアへの支援がはじまると、この運動をより大きなムーブメントとしようという機運が高まり、翌1978年には県内の様々な機関・団体が集まって「ともしび運動を進める県民会議」が設立されました。また、地域での活動の柱として、1983年(昭和58年)までには県下の全市町村に「ともしび運動推進組織」が設置されるなど、徐々にその性格は「広く県民が参加する地域社会への活動への取組み」へと変わっていきました。

こうした方向性をより明確にすべく、運動開始10周年にあたる1986年(昭和61年)には「ともしび運動宣言」が出され、それまでの啓発中心の活動から県民主体の実践する運動体への転換が明言され、また1988年(昭和63年)には県民提案をもとに「ともしび運動・行動指針」を策定し、具体的な行動目標を掲げるにいたりました。1990年(平成2年)には全国に先駆けて「神奈川県福祉プラザ」を立ち上げるなど、当時の神奈川は「福祉の先進県」と呼ばれていましたが、こうした県民中心の取組みが早い時期から行われてきたこともそれと無縁ではありません。

こうした県独自の取組みが続くなか、元号が平成となり高齢化が大きな社会問題となってくると、全国的な福祉再編の動きのなかで「ともしび運動」もより効率的・永続的な運動の基盤を求められるようになりました。それまで幅広い分野での県民参加型の活動を標榜してきましたが、特に福祉分野に重点を置いたものへと方向性を定めると同時に、それまで14年間の県民会議で培った実績をふまえて、1992年(平成4年)に「かながわともしび財団」が設立されました。財団として再スタートしてからは、ともしび運動を継承することはもちろん、「明るい長寿社会づくり推進機構」の機能を併せ持った組織として「神奈川県福祉プラザ」の一角を担うとともに、この頃には20億円に迫ったともしび基金の果実(預金利息)により、様々な活動補助や助成・企画・啓発などを行ってきました。

そして、さらなる転機が訪れたのは、財団設立から10年を経過した2002年(平成14年)のことでした。国や県の福祉政策の転換・施策見直しなどにより、さらなる効率化が必要なことから、ともしび財団を県社会福祉協議会に統合し、事業を一本化することになったのです。とはいうものの、県社会福祉協議会は「ともしび運動を進める県民会議」の設立当初から参加し、またその事務局がおかれていたほか、「ともしび財団」の運営にも大きくかかわってきたので、名を実に合わせた形の統合だったといえます。統合後も、それまでの「ともしび運動」の事業の継承しつつ、障害者のIT利活用による社会参加の促進など、新たな時代の変化にも対応した事業を進めています。長らくの金利低迷をうけ毎年の基金果実は大幅に減少したほか、県予算での基金積み増しも平成7年を最後に行われなくなり拡大のペースこそ衰えたものの、ともしび基金は県民の皆様からのご寄附などにより、いまでも成長を続けています